SUPER “my co” の大冒険




 英国は北国、冬は空一面がグレーで、午後3時半くらいで日が暮れてしまう。ただ、クリスマス前になると、ロンドンの街

はクリスマスショッピングで賑わい、一気に華やいで行く。ロンドンの中でも素敵なエリアはエロスの像があるピカデリーと

ハロッズを中心にするナイツブリッジ。どちらかというと、ピカデリーは若者が集まる、ネオンの派手なエリア。ハロッズ近

はロンドンのハイソなファミリーが生活するゴージャススポット。



 99年12月22日、YOKOは大型ベンツに乗って、ロンドン北部・スイスコテージのみすぼらしい公団・集合住宅から、何と

ハロッズの裏手にある超高級フラットへと引っ越していた。ベンツはリージェントパークを通り抜け、メイフェアを経由して、

ナイツブリッジへと向かう。目の前に、まるでいっぱいの星をちりばめたように、ネオンサインの輝く、ハロッズが現れ

た。周辺には、大きな買い物袋を両手に抱えたクリスマスショッピング客がたくさんいる。皆、ヴォーグから、そのまま抜け

出してきたようなエレガンス。



 「今日から、ハロッズの裏手に住むのね。新しいロンドン生活が始まる。」そう思ったら、手にはかすかな汗、口の中はカ

ラカラになった。胸の鼓動も高鳴ってきた。まるで、プリティー・ウーマンのジュリア・ロバーツが演じたヴィヴィアンみたい。

英国人の運転手のLさんに「今日からはアルファイド氏と隣人ですね。」と言われ、余計に緊張してしまった。あまり興奮し

たのか、おなかも痛くなってきた。「こういう時、胃腸も一緒に反応してくれるのね。」ロンドンとびきりの一等地にある新しい

フラットは、目がさめるような輝きで、私を迎えてくれた。この日から、私の生活は大変化。ゆっくりと流れていた時間も急

に加速度を増し、光のような速さになった。私は一生懸命走り始めた。



 名古屋にある私大4年生のとき、何気なく手にとった雑誌の中に、ロンドンのレストランシーン特集を見つけた。コンテン

ポラリーデザインの新鮮さに、目を奪われた。モダンアートがニューヨークからロンドンに移ったと言われた時期だ。中で

も、コンラン卿がデザインしたレストラン・クアグリーノズのライティングやミラーに凝ったインテリアデザインは魅力的

だったし、デミアン・ハーストがデザインしたファーマシーも毒々しいのに、ポップな色使いで、雑誌に釘付けになった。

もともと、私はインテリアデザインに関心があり、いつか、自分の手で、たくさんの人が集まる、面白い空間を設計してみ

たいという漠然とした希望を持っていた。コンランのインテリアデザインを見たとき、「これだ!」とひらめいた。こうして、決

心すると、女の子の動きはコンコルド級に速い。でも、安易に、「ロンドンに行く!!」と宣言すると、結構、うるさい人達が

邪魔をするかもしれない。私は、ロンドン留学の「野望」を胸に秘めながら、着々と準備を開始。まず、やらねばならないこ

とは簡単。留学資金の貯金だ。私は、中堅の通信会社に就職し、営業部に配属された。通信会社は時代の波に乗って、物

凄く忙しかった。私達新入社員は電話帳や個々人の秘密コンタクトを使って、一日中、電話を片っ端からかけまくり、契約

を取る。残業は当り前、遅いときには夜中まで会社にいた。時には上司と近くの馴染みの日本小料理屋でお食事をして、

会社に戻ることも週に何回かあった。「部長、私、頑張りまーすっ!任せて!」とか言いながら、ほろ酔いで帰りたくても頑

張った。結構フラフラになったけど、負けそうになると、ロンドン・レストランシーンの雑誌を机の中から取り出して、「ロンド

ンは近い、YOKO負けるな」とつぶやいた。「ロンドン、ロンドン」という私の呟きを聞き、中年の上司は、キャバレーとでも間

違えたのか、ニヤついていた。そう言えば私は、「口に出してはいけない」と思いながら、「オヤジめ!」と心の中で毒づい

ていたな。



 男でも、女でも、目標を持つと強い。入社後1年で、200万円の貯金ができた。これで十分、と私は思い、本格的な留学

準備に入った。英国留学を斡旋してくれる東京のエージェントにコンタクトし、面接試験を受け、ロンドンにて定評のあるイ

ンテリア・デザイン・スクール、ロンドン・インスティチュートのカレッジ オブ プリンティングに願書を出した。著名なデザイ

ナー、アレキサンダー・マックイン、ジョン・ガリアーノも、ロンドン・インスティチュートの卒業生だ。合格通知を受けたのは

99年2月、私は、両親の不安げな顔つきを傍目に、ハードルを一つクリアしたと舞い上がり、部屋の中で一人踊った。


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